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ウェストミンスター・ワークスの戦い

1990年代に起きた英国を代表するシューメーカー「John Lobb」(通称 パリ・ロブ)を傘下に持つフランスの高級ラグジュアリーブランド「エルメス(Hermès)」によるエドワード グリーン(EDWARD GREEN)の買収劇は、紳士靴の歴史において「ウェストミンスター・ワークスの戦い」とも呼ばれるほど、重要な事件であり、非常にドラマチックで複雑な事件でした。

この買収の背景から、決裂、そして奇跡の復活に至るまでの詳細な経緯を紐解きます。

1. 買収のきっかけ:ジョンロブの既製靴生産

事の始まりは1980年代後半から1990年代初頭のことです、エルメス傘下の高級靴ブランド「ジョンロブ・パリ」は、自社の既製靴(レディ・メイド)ラインを本格化させるにあたり、当時、経営を立て直して世界最高峰の技術力を持っていたエドワード グリーンの自社工場(ウェストミンスター・ワークス)に生産を委託していました。

エドワード グリーン側も、当時フランスやグローバルへの進出・拡大を計画していたため、エルメスという巨大な資本・ネットワークと手を組むメリットがあると考え、パートナーシップを承諾します。こうしてエルメスによる買収(株式の取得)が行われ、一時的にエドワード グリーンはエルメス傘下となりました。

2. 理念の対立と「独立」の選択

しかし、この共同体制は長く続きませんでした。エルメス側は、エドワード グリーンの工場や職人の卓越した技術を「ジョンロブの既製靴を量産・強化するため」に使おうと考えました。

これに対し、1982年にブランドを救い、英国の伝統的な靴作りと「エドワード グリーン」というブランドを守りたかった社長のジョン・フルスティック氏は猛反発します。

「エルメスの完全なコントロール下に置かれ、ジョンロブの下請け工場のようになってしまうことは受け入れられない」と考えたフルスティック氏は、エルメスとの決別と株式の買戻しによる完全な独立を決意します。

3. 工場と伝説の木型「202」の喪失(1995年)

1995年、エドワード グリーンはエルメスから自社ブランドの独立を勝ち得ます。しかし、その代償はあまりにも大きすぎるものでした。

エルメス側との決別・株式買い戻しの交渉や裁判の結果、以下の資産がすべてエルメス側に差し押さえられ、奪われることになったのです。

  • 歴史ある自社工場(ウェストミンスター・ワークス)の喪失

    職人たちや工場設備ごとエルメスに買収されました。この時エルメスに渡った工場が、現在の「ジョンロブ・パリのノーザンプトン自社工場」です。

  • 伝説の木型「旧202ラスト」の使用権喪失

    シューズメーカーの命であり、エドワード グリーンの象徴であった名作木型「202」の当時のデザイン権利(使用権)も裁判によりエルメス側にあると判決が出ました。

ブランド名(看板)だけは死守したものの、「靴を作る工場」「熟練の職人」「木型」のすべてを一度に失うという、事実上の壊滅状態に追い 込まれました。

4. 茨の道からの「完全復活」

すべてを失ったジョン・フルスティック氏ですが、ここから執念の再建へと動きます。

 1.新たなファクトリーの開設:1995年。

同じノーザンプトン市内に「チェルシー・ワークショップ」という新たな工場を設立し、ゼロからのリスタートを切ります。

 2.職人たちの再集結と他社への委託:1990年代後半。

フルスティック氏のスピリットに共感した一部の職人たちが新工場に再集結。また、自社生産が軌道に乗るまでは、同じノーザンプトンの老舗「Crockett&Jones」や「GRENSON」といった信頼できる シューメーカー に一部製造を委託し、ブランドの供給を執念で維持しました。

 3.「新生202ラスト」の完成:2000年代前半。

使用権を失った「旧202」をそのままコピーするのではなく、現代人の足型に合わせてさらにフィッティングを向上させた「現代の新生202ラスト」を1から削り出し、完全復活を遂げました。

 

歴史の皮肉と、現在の関係

この買収劇の結果、1995年以前の「旧工場製(オールド・グリーン)」と呼ばれるエドワード グリーンは、現在のジョンロブの工場で作られていたため、古着・ヴィンテージ市場では「現行品より革質が良い」と今なお非常に高いプレミア価格で取引されています。

巨大資本に屈せず独立を選んだエドワード グリーンは、現在もどこの巨大資本(LVMHやケリング、エルメスなど)にも属さない独立系ファミリービジネスとして、独自の最高峰の靴作りを貫いています。

エドワード・グリーンに纏わる歴史は、そのものが英国靴の歴史と密接に絡み合いながら連綿と今も続いています。現在も世界最高峰のモノづくりとそれに対する情熱の火を絶やすことなくエドワード・グリーンは生き続けています。